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大宮地域の民話 第14話:へっぴり坂

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第14話:へっぴり坂
   
室町時代のことです。石塚(いまの常北町)にいた佐竹氏一族の石塚家では、子供に恵まれずに困っていました。「薬師如来にお参りして、子供が生まれるようお祈りしよう。」夫婦して熱心にお参りしたので、めでたく女の子を授かりました。薬師さまは瑠璃光如来ともいったので、その子を瑠璃姫と名づけました。瑠璃姫は大そう美しかったので、年ごろになると、「私の妻になってくだされ。」 と、結婚を申しこむ者が何人も現れました。その中でも大山城(いまの桂山阿波山)主と小場城主の若者などは、特に有力な花むこ候補でした。石塚家ではいろいろ考えた結果、小場家の若者がすぐれた人物だというので、小場家へ嫁がせたのです。おもしろくないのは大山家です。石塚家と小場家を深くうらむようになりました。
へっぴり坂
それから数年たって、瑠璃姫に男の子が誕生しました。石塚家も小場家も、孫が生まれたので大へん喜びました。「ずっと永く親類として助け合っていこう。」両家は互いに協力を誓い合ったのです。小場家では初孫の祝いを盛大に行いました。大山家からは家臣の小田部孫繰九郎が、城主の代理として祝いのあいさつに参りました。ところが、孫九郎が使者として小場城へ行ったところ、それまで元気だった赤ん坊が急に熱を出し、病名もわからないまま死んでしまったのです。小場家の人々は、たいへん悲しみました。「これは小田部孫九郎のせいだ。子を食べ、孫を食らう男が来たからだ。」そして、こういう不吉な名の家来を使者によこした大山家をうらんだのです。「これは、われらに深くうらみをもつ大山の仕打ちだ。」小場家と石塚家では、大山家を憎みました。数日後、葬式を出すことになりました。その葬式の日、また大山家から使者として小田孫九郎が来たではありませんか。「また孫九郎をよこすとは何事ぞ。」怒った小場家では、とうとう大山家と一戦を交えることになってしまいました。小場と石塚の連合軍は、先手をうって大山方に攻め入りました。両者は頓化原(いまの桂村北方)で戦いましたが、連合軍のほうが力が強く、大山方は敗れて大山城に逃げこんだのです。連合軍はさらにはげしく攻め立てたので、大山勢は近くの愛宕山に立てこもって戦いました。小場・石塚連合軍は、火を放って攻めました。ところが、愛宕山は火防の神さまです。連合軍は、逆に山の上から吹きおろしてくる風にあい、その火に追われて負けてしまいました。小場の坂まで逃げもどった兵士たちは、ここで追ってきた大山方に最後っぺを放ちました。そのため、この坂を「へっぴり坂」と呼ぶようになったそうです。その後、小場、石塚家と、大山家とは仲なおりしました。「へっぴり坂」は急な坂なので、だれもこの坂を登るときへっぴり腰になります。そのために名づけられたともいわれています。
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