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大宮地域の民話 第9話:親鸞と山伏弁円

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第9話:親鸞と山伏弁円
   
鎌倉時代のことです。弁円という山伏が、佐竹氏の招きで塔の尾(いまの常陸大宮市東野)に来て、道場を開いていました。 弁円については、前関白忠通の子どもで、幼少のころ出家して三井寺にはいり、播磨坊弁円と称したという説や、平清盛の三男宗盛の子で、平家没落のさい四国の伊予に落ちのびた人という説もありますが、確かなことは分かりません。弁円は法徳院という祈とう所を設け、五百石の寺領を与えられました。
親鸞と山伏弁円
関八州の総取締役として八百人もの山伏たちをかかえる大道場をもっていたといわれ、その跡が東野に残っています。 そのころ法難によって越後(いまの新潟県)に流罪になっていた親鸞上人が罪を許され、常陸の稲田(いまの笠間市)に来て法を説いていました。弁円は親鸞聖人の布教のようすを聞き、日に日に信者がふえていることを知りました。聖人の影響で、弁円の修法を学びに来る者が少なくなってきました。弁円は聖人を憎み、ひそかに殺そうと考えるようになったのです。 聖人は布教のため板敷山(いまの新治郡八郷町にある)をたびたび往来していました。「その板敷山で待ち伏せして、聖人を亡きものにしよう。」 弁円は部下の山伏を連れ、塔の尾を出発しました。板敷山に着くと、聖人の往来するという道の傍に野宿して待っていました。一日、二日、三日・・・七日、十日と待ったのですが、聖人はやって来ません。そこで板敷山に護摩壇を設けて不動明王をまつり、三日三晩にわたって祈りつづけたのですが、それでも効き目がありません。 「いくら待ってもだめだ。この上は我ひとり稲田にのりこみ、一刀のもとに斬り伏せよう。」 弁円は決心しました。単身、稲田の草庵に押しかけていったのです。 「親鸞はいるか。出て来い。」 弁円は大声でどなりました。怒りの形相ものすごく、恐ろしい姿で草庵の中を歩き回りました。 乱入した弁円を見て、聖人の弟子たちは驚き恐れましたが、そこへ聖人は静かに現われたのです。 「あなたが弁円どのですか。お待ちいたしておりました。」 聖人の声は静かで、その姿はおだやかに、そして温かい心がよく現われていました。怒りくるっていた弁円は驚きました。 「何と神々しい人だろうか。わしの考えていた人とは違う。」 刀で斬りつける勇気もなくなり、聖人と問答を繰り返しました。そのうち弁円は深く教えに感じてしまったのです。 「わたしが間違っていた。」 弁円は刀を投げ捨て、聖人の前にひれ伏しました。 「あなた様のお弟子にしてください。」 弁円は前非を悔い、ついに師弟のちぎりを結び、聖人の弟子となりました。明法房という名をいただき、聖人の高弟、二十四輩の一人となったのです。親鸞聖人四十九歳、明法房四十二歳のときでした。 あだとなりし 弓矢も今は 引きかえて 西に入るさの 山の端の月 弁円はこう詠んだといいます。その墓は、東野の法専寺地内の山にあります。 また板敷山のふもとには、弁円待ち伏せ石と、碑が残っています。 山も山道も昔にかはらねど かはり果てたる我こころかな その碑には弁円の悔い改めたときの歌が刻んであります。
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