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大宮地域の民話 第8話:三日月上人と誕生寺

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第8話:三日月上人と誕生寺
   
南北朝時代のことです。白石志摩守宗義という武将が、上岩瀬に館を構えていました。志摩守夫婦には子供がなかったので、下岩瀬にある岩瀬明神に七日七夜参拝し、 「どうぞ子どもをお授けください。」 と祈りました。 その願いがかなえられ、玉のような男の子を産むことができました。 「岩瀬明神の申し子だ。有難いことじゃ。」 志摩守夫婦は明神に感謝し、大いに喜んでその子に白石丸という名をつけたのです。白石丸の生まれたのは、いまの誕生寺のところで、その境内に白石丸の産湯に使ったといわれる泉があり、寺では智水の井戸と称しています。村人たちは誕生水と呼び、この水で眼を洗うと眼の病いが治るといって信仰しています。 白石丸が五歳のころ、戦乱がつづき、父の宗義もたびたび城を出て戦いました。そして不幸にも戦死してしまいました。 大将を失った一族はちりぢりになり、城も滅んでしまいました。母は白石丸を連れて逃げ、あちらこちらと親戚を頼って歩いたのです。 「このままでは白石丸の将来が心配だ。この子は坊さんにしよう。」 母は白石丸を僧侶にする決心をし、瓜連の常福寺にあずけました。白石丸はかしこくすぐれていましたから、一を聞いて千を知り十五歳のときにはむずかしい仏教の本をすべて読み、りっぱな僧となったのです。さらに鎌倉の寺に修行に行き、再び常福寺にもどってきました。常福寺の第二世了誉上人です。 しかし戦乱はなおつづき、寺も焼かれ了誉上人も松栄(現在の金砂郷町)の阿弥陀山の洞くつに逃れ、その中で十年間、仏教を研究し、りっぱな本を書きました。上人はこの岩屋にこもっている間、干柿を食べ、水を飲みながら飢えをしのぎました。岩屋の奥からしたたる清水を硯の水として著作をしたといわれています。
三日月上人と誕生寺
上人の額には三日月形のあとがあったので、人びとは三日月上人と呼んでいたそうです。ある夜のこと、あかりもついていない部屋から、上人の本を読む声が聞こえてきました。 「あかりもないところで、上人さまは何をしておられるのだろうか。」 一人の弟子が心配して、戸のすき間から中をのぞいて見ると、上人の額から光りがさしその光りで読書をしていたのです。 「上人さまは、三日月形のところから光りを放ったそうだ。」 村人たちの間にこのうわさが広まりました。 いまでも常福寺では了誉上人の法会を盛大に行っています。上人のご命日が旧暦9月26日なので、二十六夜様(または六夜様)とよばれ、近隣から参拝にくるたくさんの人でにぎわうのです。
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